■■ 判決・裁決

 


「がん保険・逓増定期保険」の全部取消し裁決

 生命保険掛金の経理処理は、法人税基本通達及び個別通達の要件を満たしていれば
 税務上の非違を指摘されることはないものとされている。
 ところが、同族会社が締結した「がん保険・逓増定期保険」の金額が高額過ぎること及び
 福利厚生の目的に合致していないとしてことを理由に、同族会社の行為計算に該当し
 「一般に公正妥当な会計処理の基準」に反するとして更正された。
 ところが、不服審判所において原処分が全面的に取り消された事例。


(平成14年6月10日裁決)

1.事実の概要
 同族会社である請求人は、生命保険会社4社とがん保険契約及び逓増定期保険契約を締結した。
 請求人は、本件がん保険通達、本件逓増定期保険通達及び本件定期保険通達(以下、これらを
 「本件通達等」という。)に基づいて、がん保険契約及び逓増定期保険契約のうち、特約部分に
 係る生命保険料を平成9年12月期に159,498,876円、平成10年12月期に262,064,415円支払い、
 損金に算入し、逓増定期保険契約のうち、主契約部分に係る支払保険料は、保険積立金として
 資産計上した。


2.原処分庁の主張 
 原処分庁は、次の理由により生命保険通達の適用はなく、一般に公正妥当と認められる会計
 処理基準に従って計算されたものとはいえないとして、損金算入を否認した。
 (1)本件保険料は形式的には生命保険通達に定める要件を充たしているが、適正・公平な課税を
    困難にするものであること
  @保険料の額が被保険者の年間給与額に比べて異常に高額であること。
  A税務否認された場合の補償確認書の存在は税負担の軽減を目的としているものであること。
  B決算対策シミュレーションによれば、保険料の額から解約返戻金を差し引いた実質負担額が
    法人税等負担額より少なくなるよう設定されていること。
  C法人税負担の不当な軽減に当たること。
 (2)本件保険契約は福利厚生を目的としているものではない。
  @被保険者への周知が行われていないこと。
  A保険を福利厚生目的に使用する旨の退職給与規定などが整備されていないこと。
  B就業規則等に具体的に記載されていないこと。
  C被保険者にパート従業員も含まれていること。
  D一部被保険者が退職しているにもかかわらず解約の手続を採っていないこと。
 (3)「一般に公正妥当な会計処理の基準」に反する。
  本件各生命保険契約は従業員等の福利厚生目的で締結されたものでもなく、また、その必要性
  及び経済的合理性も認められないことから、本件保険料を支払った事業年度でその全額を損金の
  額に算入したことは、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されたもの」
  とはいえない。
 (4)同族会社の行為計算否認規定に該当する。
  請求人は同族会社であり、本件各生命保険契約は、締結する経済的合理性が認めらないため、
  結果として法人税負担を不当に減少することになり、法人税法第132条第1項の規定に該当する。


3.審判所の判断
 (1)ガン保険・逓増定期保険の取扱い
  定期保険に係る支払保険料については、実質的には保険期間の前半において支払う保険料の
  中には前払部分の保険料が含まれている。
  特に、保険期間が長期にわたる定期保険や保険期間中に保険金額が逓増する定期保険は、
  当該保険期間の前半において支払う保険料の中に相当多額の前払部分の保険料が含まれて
  いることから、本件通達等により、支払保険料の損金算入時期に関する取扱いの適正化を
  図ったものであり、当審判所においても当該取扱いは相当と認められる。
 (2)次の理由から、当該行為は租税回避行為とはいえない。
  @本件保険料の経理処理は本件通達等の取扱いによるもので、本件各生命保険契約を締結
    しなかった場合と比較して減少するとしても、これをもって不当な税負担の軽減には当たらない。
  A本件各生命保険契約に際し「決算対策シミュレーション」により、実質的な税負担や解約
   払戻金を検討することは、経営者としての経営判断の一つであると認められる。
  B本件保険契約は従業員等に周知され、また、退職社員に関する解約を退職年度に行わな
   かったのは、翌事業年度においてその手続を取る方が解約メリットが多いことから途中での
   解約をしなかったものと推認される。
 (3)同族会社等の行為又は計算には該当しない。
  さらに、本件各生命保険契約の締結は、第三者取引であることから同族会社等特有の取引
  ではなく、法人税の負担を不当に減少せしめるものとも認められず、これらは法人税法第132条
  第1項の同族会社等の行為又は計算には該当しない。
 (4)「一般に公正妥当な会計処理の基準」に従っている。
  以上のとおり、請求人が本件通達等の取扱いにより、本件保険料の全額を損金として会計処理
  したことは、法人税法第22条第4項に定める「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に
  従っている」というべきであり、原処分庁が本件保険料を支払った事業年度でその全額を損金の
  額に算入することができないとして行った各事業年度の法人税の各更正処分は、いずれもその
  全部を取り消すのが相当である。


4.コメント
 本事案は、日常的な取引として広く利用されているリスクヘッジとしての「がん保険・逓増定期保険」
 に関する経理処理を否認されたケースである。
 本裁決において全部取り消しとされたが、納税者が租税法及び公開通達として一般に広く認知
 されている生命保険掛金に関する経理処理を否認されたことにの衝撃、及び、その後の税務
 争訟に費やすエネルギーには多大なものがある。
 租税法律主義の遵守と公平な税務執行について考えさせられる事案である。
 以下、本裁決について若干のコメントを行う。

 (1)通達に適合する処理の否認について
  通達は、上級庁が法令の解釈や行政の運用方針などについて、下級庁に対してなす命令ないし
  指令のことをいう。租税法の解釈通達は、上級庁から下級庁への命令として行政内部を拘束する
  ものの、納税者は拘束されないとされている。しかし、その内部通達を公表して納税者に対しても
  租税法の解釈を統一し行政の効率化を図ったことから、ある部分については、納税者に対しても
  事実上の拘束力を持つことなった。

   しかし、通達の運用に行き過ぎがないようにとの配慮から、その通達の運用によっては相応の
  配慮がなされている。昭和40年度の法人税全面改正受けた法人税基本通達では、租税法律
  主義を侵害することがないよう、通達の前文に次の留意事項を特に掲げている。

  「この通達の具体的な運用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、
  社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るように努められたい。
  いやしくも、通達の規定中の部分的字句について形式的解釈に固執し、全体の趣旨から逸脱した
  運用を行ったり、通達中に例示がないとか通達に規定されていないとかの理由だけで法令の
  規定の趣旨や社会通念等に即しない解釈におちいったりすることのないように留意されたい。
   (法人税法基本通達の制定について(昭44.5.1))」

   したがって、本事案のように、通達の解釈要件に該当しているにもかかわらず、同族会社の
  行為計算規定、又は、一般に公正妥当な会計処理基準の規定をもって、生命保険通達を解釈
  するようなことは予定していないのである。

 (2)同族会社等の行為又は計算の適用について
  同族会社等の行為又は計算の否認規定は、これを容認した場合には株主、役員ないしは同族
  関係者の税負担が不当に軽減される場合に税務署長に与えられた権限であり、裁決でいう
  とおり、外部の保険会社との取引ではこの規定の適用がない。
  税務調査の現場では、同族会社の取引金額が多額であったり、ある行為により税額が軽減する
  場合に、同族会社等の行為又は計算の要件を検討することなく、その数値の結果をもって同族
  会社等の行為又は計算として否認したり、それを理由に修正申告の慫慂を求めることがある。
  税法は、課税要件が厳格に定められており、当然のことながら、安易にその要件を緩和して
  納税者を不利に扱うべきではないとする事案である。

 (3)「一般に公正妥当な会計処理基準」に反するとの主張について
  商法における確定決算を基準に、税法固有の「別段の定め」に規定されていないものについては、
  一般社会通念の公正妥当な会計処理に従うことをいう。この場合、通達は「別段の定め」の
  解釈を行うものであり、「別段の定め」に規定されていない範囲まで解釈するものではない。
  したがって、通達の適用と公正処理基準は別の次元のものである。

  また、本通達は、本件の「逓増定期保険」を全額費用処理した場合であっても、通達に定める
  保険の前半部分の前倒しの保険料部分を資産計上し、後半部分に費用化する方法を定めたもの
  であり、保険契約の意図を推し量る内容を含んでいるものではない。
  したがって、本件通達等が、生命保険契約における経理処理の規範となっている現状から
  すれば、この通達に基づく経理処理は一般社会通念に照らして公正な会計処理の基準といえる
  ことになる。
  「一般に公正妥当な会計処理基準」には「公正」という用語を使用しているものの「合法性」を
  予定しているのではなく、慣行とする会計制度を借用する概念に過ぎない。
  よって、原処分庁のように福利厚生規定に違反ごとき主張には理由がないこととなる。



 
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